新興市場参入の成功モデル(准教授 富山栄子)
丸谷雄一郎・大澤武志著『ウォルマート新興市場参入戦略―中南米で存在感を増すグローバル・リテイラーー』(戦略研究学会編集、三浦俊彦監修)芙蓉書房出版、2008年を読みました。丸谷雄一郎先生とは、日本商業学会グローバル・マーケティング研究会で一緒で、新興市場参入の研究をしております。
現代、小売業巨大化が進んでおり、ウォルマートはなかでも世界的な総合小売業の代表選手と言えます。この本を読んでおもしろいと思ったのは、成功する新興市場参入モデルについてです。
本書によると、ウォルマートの世界市場参入方法として、以下の4つがあります。
1.現地企業を買収:カナダ、韓国、ドイツ、英国などの相対的に小売産業が成熟した諸国。ウォルマートはある程度の競争力をもった企業を買収することによって迅速な国際化を実現。
2.合弁による進出:メキシコ、ブラジル、中国、日本、中米など当初進出先に規制や独特の慣習がある場合に利用。
3.ゼロからの進出:プエルトリコ、アルゼンチンなどの発展途上国。現地に適当なパートナーが見つけられなかったため、ゼロから進出。
4.合弁後買収(通称「メキシコ方式」):新興市場への進出が重視される状況では発展途上国などの投資規制が緩和されるのを待って参入したのでは、出遅れる。そこで合弁で規制を回避し、将来的な買収に向けた取り組みを行うことが成功の近道。
ウォルマートは、成熟したドイツや韓国市場から撤退し、巨大な中産階層をうみだしつつある新興市場へシフトしています。
先進諸国市場は市場が成熟し、既に競争水準が高く、成長率が低いですが、BRICsやネクスト11(バングラディッシュ、エジプト、インドネシア、イラン、韓国、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、トルコ、ベトナム)などの新興市場は、競争水準が高くなく、巨大な中産階層を取り込むことで成長が望めます。
新興市場での成功は容易ではありませんが、市場全体のパイが中長期的には成長し続けているので、成長は先進諸国市場に比べると持続する可能性が高く、見返りも大きいです。
また、新興市場は、効率的な流通業を望む現地消費者のニーズが大きく、かつ、現地の競合する流通業が発展途上で、非常に魅力的な市場となっています。
たとえば、メキシコのストリートベンダー(行商人、露天商(移動露天商、常設露天商)のテントの下や仮設店舗で商品を売っている写真(同書66ページ)は、ロシアのウラジオストクやハバロフスク、モスクワ、ポーランドのワルシャワ、ベトナムのハノイで見たそれらと同じような光景です。
新興市場ではこうしたインフォーマル小売セクターを多く目にします。これらの一部はフォーマルセクター(伝統的小売業者)へと進化するのでしょうが、経済の発展とともに、現地でも次第に、より綺麗で清潔で効率的な流通業が好まれるようになります。
本書では、このような環境下において、新興市場へ成功する参入の秘訣は、現地適応化であると述べています。グローバルマーケティングにおいて、標準化(世界で同じマーケティングを行うのか)vs適応化(現地の環境に合わせたマーケティングを行うのか)は避けては通れない重要な分析視覚です。製品や広告は標準化しやすいですが、流通は標準化しにくいです。それは流通業の発展状況は国ごとに歴史文化的に異なっており、流通業が売買している食品や日用品は、国により異なっているからです。
たとえばメキシコでは、
1.現地企業との合弁・その後の買収
2.倉庫型ディスカウントストアなど低所得層向け業態の開発、
が市場参入の成功のポイントであると丸谷先生は指摘しておられます。
すなわち、参入当初は、現地企業と合弁形態を取り、その後タイミングを見て現地企業を買収し、マーケットリーダーとしての地位を確保。後に、現地の低所得層向け業態の開発といった、現地適応化戦略を通じてその地位を磐石なものにしていくやり方です。
これに対してたとえば、日本ではウォルマートは、2002年から西友と合併、後に子会社化し、スーパーセンターによる展開をめざしました。価格訴求を強調し、参入時はEDLP(エブリデーロープライス)をめざし、関係強化で低コストでの仕入れを目指しました。しかし、消費者ニーズに合致しなかったのか、EDLPの強制をやめました。
今も、苦戦は続いています。総合スーパー(GMS)の低迷や競争の激化といった環境要因もあるのでしょうが、本部主導型の組織では、日本市場のコンテキスト(文脈)に合致した商品・サービスを提供することができません。最大の苦戦要因としては、日本のより高いサービスを求める消費者を満足させるような業態を開発できなかいことにあるのでしょう。
メキシコなどの新興市場では消費者は成熟していませんので、安ければ、多少品質が悪くとも、そこそこの商品やサービスで満足します。
しかし、日本などの先進国の消費者は成熟しており、見る目が肥えていて、口うるさいので、EDLPを求めるとともに、高いサービスも望みます。また、安いものはEDLPで買い求めつつ、材料や味にこだわりのある高い商品も買うのです。非常にむずかしい消費者です。成熟した消費者に対する業態を適合するのはより難しいといえましょう。
新興市場では未成熟な消費者が大半を占める現地市場に対して、現地の消費者ニーズに合致した業態開発が比較的簡単で、業態の現地適合化で成功しました。これに対して先進国では成熟した高いサービスを求める消費者ニーズを満足させる業態を開発することができず、ウォルマートが得意とするEDLPの業態を、大きく転換してまで、先進国での事業を継続しようとは考えず、より自社の業態が喜ばれる新興国での事業を戦場にしようとしているのでしょう。
いずれにせよ、新興国では規制や独特の慣習があるので現地企業との合弁で参入しその後に買収。後に自社のEDLPという強みを活かした市場である、低所得層向けに業態を現地適応化するという市場参入方法は示唆に富むものだと思ったのでした。