誌上講義・システム設計論で考える新型コロナ時代の企業防衛戦略 教授 岸田 伸幸
※この内容はJPress Vol.65に掲載された内容です。
経営工学のシステム設計論に拠れば、防御のための設計原理は下表のとおり整理できる。
この原理を新型コロナ時代の企業防衛戦略に敷衍してみる。
表 1 :天坂格郎・黒須誠治・森田道也『ものづくり新論― JITをこえて』,森北出版,2008.
上表は「システムの防御」を前提にしており、本稿では「経営体の防御」に読み替える。
企業自体はパンデミックの予防能力がない為、納税し、法令に従い協力し、政府の有効な公衆衛生政策を期待するしかない。既に悪疫が国内に蔓延する現状は、経営体にとって新型コロナに関し予防策が失敗だったことを意味する。隔離には隠蔽と遮蔽がある。隠蔽策は、感染源となる恐れがある人々を隔離し企業活動から切り離すことである。現在、多くの経営体で実施している在宅勤務は、社員の自宅で完全な防疫措置は難しいため、経営体にとっての隠蔽策である。他方、遮蔽策では、経営体に感染源になる恐れがある人々が接触できないよう、経営体の活動範囲を防護し、外部と遮断する。事業所出入口に設けた体温検知器だけでは遮蔽にならないが、監視員等で入構をブロックできれば遮蔽策だ。また、事業所を隔絶した僻地;離島などに設け、出入りを監視・管理すれば遮蔽策になる。更に、社内でワクチン未接種者を渉外部署から外し、内勤部署へ異動させても遮蔽策になる。緩衝には吸収と補強がある。病原体侵入の可能性を前提とするのが吸収策だ。マスク、手洗い、消毒液除染、殺菌効果のある空気清
浄機などが該当する。他方、リスクの受容を前提に、システムが毀損されない頑健性を確保するのが補強策だ。従業員へのワクチン接種は典型的な補強策だ。例えば既に罹患し回復して免疫を得た人材を採用し、渉外部署へ配置するなども補強策といえる。
変異株登場で流行が長引くと代替策が重要になる。罹患や隔離で機能不全が生じないよう補う策である。代替には、兼用、並列、予備、代償の 4 種がある。なお、表 1 の「装置」は各社事情に応じ適宜読み替えて欲しい。別の目的をもつ人員で補うのが兼用である。単純な人手なら別部署からの応援が兼用なので、社内の派遣計画を準備したい。役職者なら下位代行が兼用であり、職務分掌規程を見直しておきたい。特定の「部課」が機能しなくなる緊急事態には、遮蔽や補強を併用しつつ特命チーム等で対応する他ない。そんな非常時の社内ルールや要員確保を検討しておきたい。その際、複数のエリア本部とか、東京本社と大阪本社があるとか、機能が同等の組織が複数あれば、機能が維持されている組織で対応する並列策がある。業務量増大や業務上のローカル差異が問題化しないよう、予め並列時の能力増強や業務標準化を検討しておきたい。技術や技能を担う「チーム」がダウンした場合に、同等の技術や技能ある人材を別部署や協力会社等から動員するのが予備だ。緊急時に迅速に対応できるよう、予め組織横断的に予備の必要性と動員能力を調整しておきたい。以上の対策でも、経営活動を維持できない場合に備え代償策は準備される。業務や役務の停止と再開の基準と手順、顧客への補償条件の検討、停止不可能な処理や役務肩代わりの基準と手順、並びに肩代わり相手の選定と条件交渉、これらに伴い必要な費用見積りと財源準備(損害保険などを含む)などが代償策である。
国際化した企業ではサプライチェーン見直しが進んでいる。現時点で制限が緩い国間でも強化される可能性を想定した検討が必要だろう。スタートアップやベンチャーで本稿が論じた組織的対策は難しい場合、ICT系なら遮蔽された在宅勤務を徹底し、且つ、業務システム多重化やバックアップ励行で業務継続を図りたい。対面現場と不可分な中小企業では、遮蔽に近い厳しい拠点管理をするのが現実的だろう。要するに企業は新型伝染病対策を事業継続計画(BCP)やPMリスク対応計画へ盛込むことが必要な時代になったのである。皆様のご健康とご多幸を切にお祈りしたい。
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教授 岸田 伸幸
【担当科目】アントレプレナーシップ論、コーポレートベンチャー論、演習Ⅰ・Ⅱ
早稲田大学大学院商学研究科修了。博士(商学)。学卒後、日本長期信用銀行系VCエヌイーディー㈱で主に中小企業PEとIT系VC投資に従事後、安田企業投資㈱でバイオ・医療系VC投資とファンド管理業務を経験。約15年で30社に投資し10社がEXITした。MBA取得の後、経営コンサルタントとして事業開発、戦略、幹部教育他で企業を支援。