誌上講義:地域経済の発展成長への視点(里見 泰啓 准教授)
モノやサービスへの欲求を満たせる社会
様々な好みや価値観を持つ人々が限りある資源を用いて、財やサービスを生産し、分配、消費するシステムを「経済」といいます。
経済システムのなかで、家計(消費者)は労働をして得た所得をもとに満足度を最大化するために自分の好みに応じて財やサービスを消費しようとします。ちなみに、経済学ではこの満足度を効用といいます。企業は、資本、労
働、土地といった生産要素を効率的に利用して生産活動をし、利潤を最大化しようとします。そして、消費者それぞれの満足度を合計したものを消費者余剰と言い、それぞれの企業の利潤を合計したものを生産者余剰と呼びます。くだけた言い方をすると、ある消費者はパソコン1台を2万円で買ってもよいと考えていたとします。ところが、パソコンの市場価格が1万円だとすると、この消費者は1万円得したと感じます。この「得した感」の合計が消費者余剰です。ある企業は、この市場価格1万円のパソコンを5千円でつくれるとすると、この企業は5000円儲けたと考えます。この「儲けた感」の合計が生産者余剰と言います。消費者余剰と生産者余剰を合わせたものを社会的余剰と呼び、社会的余剰が大きくなることで経済の厚生水準が向上し人々の幸福度(福祉)が高まると考えます。
地域経済の成長発展も経済厚生の概念を使って考えます。例えば、新潟県経済を考えると県内の産業や企業が効率性を高め、より多くの財やサービスをより安く供給できるようになること、県民の所得水準を向上しより多くの財やサービスを消費できるようになることで県内経済の厚生水準を高めることができます。このためには、県内産業や企業が技術進歩を遂げながら新潟県外の需要を開拓していくこと、教育を充実させ県民の労働の質を高めより給与水準の高い職を得るといったことなどが重要になります。
消費者余剰と生産者余剰
やりたいこと、なりたいものになれる社会
人々が経済活動を通じて得られる幸福は、今みてきたような財やサービスの消費から得た「得した感」や生産活動による「儲けた感」だけでしょうか。アルマティア・セン(『福祉の経済-財と潜 在 能 力-』1 9 8 8 年 )は 、「 機 能(functioning)」という概念を導入して経済活動から得られる幸福(福祉)について新しい考え方を導入しました。財やサービスはそれぞれ色々な特性を持っています。例えば、洋服には寒さを凌ぐ、おしゃれをするなどの特性があります。自動車には移動手段、運転を楽しむなどの特性があり、教育というサービスには知識や技術を身に付けるといった特性があります。人々が財やサービスを消費するのは、それらが持つ様々な特性を利用しようと考えるからです。
「機能」とは、このような財やサービス特性、もしくは特性を利用して「成し遂げること、成り得るもの」のことです。達成できる機能の水準は、個人の資質にもよりますが、社会の様々な環境が大きく影響します。例えば、自動車で通勤をスムーズにしようと思っても道路網の整備が十分でなければ、自動車通勤は便利なものにはなりません。自動車エンジンを開発する技術者になりたいと思ってもエンジンを勉強できる教育機関が少なければ技術者になるのはままなりません。極端な例ですがエンジンを勉強できる学校がなかったとすれば、技術者になるのを諦めなければなりません。センは、機能、つまり「成し遂げること、成り得るもの」を基礎に個々人の生き方の選択肢の豊かさを経済の豊かさ、人々の幸 福 度 の 水 準 の 指 標として「 潜 在 能 力(capabilities)」という概念を提唱しました。 現在の日本経済は長い発展期を経て成熟期を迎えました。日本国内各地の地域間格差が指摘されていますが、地域経済の成長発展を考えるとき、経済規模の成長による厚生水準の向上だけではなく潜在能力アプローチによる豊かさや幸福度の向上も視野に入れる時代になっています。
「地域経済産業論」について
大学院で私が担当している「地域経済産業論」は、これまでみてきた枠組みをもとに地域経済の成長発展とは何かを明らかにしながら、地域活性化の実際の取り組みを分析し地域の成長発展要因を考えていく講義です。
准教授 里見 泰啓
Satomi Yasuhiro
【担当科目】
地域マネジメント
地域経済産業論
演習Ⅰ・Ⅱ
民間シンクタンクなどで中小企業や地域産業の振興などに関わる委託調査研究業務に従事。産業支援型NPOなどで中小企業の支援活動を推進する。
日本政策学会、日本地域政策学会、事業承継学会などに所属し、中小企業や地域経済に関わる研究を進めている。
※この内容は、広報誌(J-PRESS)の記事を転載したものです。
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